「ジュースの種類が少なすぎ!」
学校に設置されている自動販売機の前で橋本さんが叫んだ。
星見ヶ島は流通が航路しかなく、本土ほど物が溢れていない。
島暮らしの町民でも不便を感じる人がいるので、まだ島に来て数ヶ月しか経っていない都会育ちの橋本さんには辛いのかもしれない。
「俺が二年前に卒業してから、ほとんど商品が変わっていないみたいだな」
「ええ? 信じらんない。みんなよく飽きませんね」
素直な感想を漏らす橋本さんに、和久井さんは苦笑した。
「選択肢が少ないから、どれを飲むか悩まなくて済むわよ。まあ、別の飲み物も飲んでみたいけれどね」
ほとんどのメンバーがそれに頷いた。
俺はこれが普通だと思って受け入れていたが、星見ヶ島育ちのヒロッチやミッチまで不満に思っていたとは意外だったな。
「私は種類が少なくて不満だと思ったことはないかも」
発言したのは、ずっぱだった。
あれ? ずっぱも近くの離島出身だよな?
ずっぱこと、椎名柚子葉。漁師の父親が最近事故で亡くなり、母親も行方不明で天涯孤独。親戚も疎まれているらしく、全寮制の虹波学園星見ヶ島分校に入学する他なかったという、俺が知る中でも断トツに不幸を背負っている一年生メンバーだ。
「はあ? どうして不満に思わないの?」
橋本さんは心底不思議そうだ。
「混ぜると美味しい組み合わせの飲み物を、いくつか発見したんです」
掛け合わせで種類を増やしているから、島にある飲み物だけでも飽きないということか。
自由に使えるお金は少ないかもしれないが、ずっぱなりに努力して生活しているようだ。
「ふうん、そういうこと。ちなみにどんなのがオススメなの?」
「いくつかありますけど、乳酸菌飲料をベースにして、オレンジジュースやメロンソーダ、炭酸飲料などを混ぜると美味しいです。炭酸飲料をベースにするのもオススメです」
「ふむふむ」
「白いアレを基準にして、オレンジとか、メロンとか……うう~ん、味が想像できないな~」
ミッチはイメージできないようだが、他のメンバーは想像力を働かせて、ある程度味の想像が付いたようだった。
「美味しそうね。そういえば家は神社だから大人たちが神様のお下がりで日本酒を飲むんだけど、最近サングリアにして飲んでいるみたい」
「サングリア?」
「フレーバーワインの事らしいわ。本来は赤ワインにスライスした果物と甘味料を入れるんだけど、それを日本酒で作っているの。私は飲んだことがないから味は分からないけど、よく飲んでいるということは、美味しいって事なんでしょうね」
聞き慣れない言葉を尋ねたミッチに、ヒロッチが丁寧に答えた。
「あっ、そういえばファミレスのドリンクバーで飲みあわせをやった事があったかも」
ファミレスという単語が出るところが元都会っ子の橋本さんらしい。島にはファミレスどころか、コンビニもないからな。
「みんな自分たちなりに楽しんでおるようじゃな。少し羨ましい気もするのう」
「だったら、これからみんなで一種類ずつ買って試してみないか?」
「おお、それはいい考えじゃな」
「でも、この自動販売機には八種類も飲み物がないですよ?」
さっちんがメガネ越しに俺を見つめた。
「それなら、島唯一のばあばの商店に行けばいい」
「なるほど、それもそうですね」
練習を切り上げて店へ行き、それぞれ飲み物を買った。
俺はレモンジュースだ。
特に飲みたかった訳じゃないが、みんなが選んでいない物はこれくらいしかなかった。だが、これなら混ぜてもそれほど外れた味にはならないだろう。
レモンジュースなんて何年ぶりだろう。そんなことを思いながら一口飲んでみると、口の中に爽やかな夏が広がった。久しぶりに飲んだせいか、とても美味しく感じる。
これが他の物と混ぜるとどんな味になるのか、興味が湧いてきたぞ。
そんなワクワクした俺を余所に、組み合わせ大会は既に始まっていた。
「うっそ、これ美味しいじゃん!」
「へええ、なにを混ぜたんだ? 俺にも一口飲ませて──」
「こっちもすっごい美味しい~~~!」
「……」
俺の声など無視して楽しむ、なないろクリップのメンバー。
ははーん、そういうことか。これは男の俺だけ仲間外れのパターンですね、わかりますよ。俺はみんなに比べておじさんですからね。こういうとき話に混ざれないのは仕方ないですよね。大丈夫、泣いていませんよ。
しばらく黄昏れていると、気を遣ってくれたのか、ずっぱが来てくれた。
「笹井さんはレモンジュースですか」
紙パックのイチゴジュースを飲みながら、俺の手元を見た。
「私のイチゴジュースと笹井さんのレモンジュースを混ぜてみますか?」
「いいのかっ?」
「えっ? ……はい、まあ……笹井さんの発案ですし」
「ありがとう、ずっぱ! あ、でも俺たちのは、合わなさそうだよな……」
酸っぱいイチゴ味になると思う。イチゴは甘い方が美味しいと思うし、食べ物を粗末にできない。声をかけてくれたのは嬉しいが、ここは断るのが正しいだろう。
「そんなことないですよ。混ぜるとメロン味になりますし」
「えっ、嘘だろっ?」
「試してみればわかります」
俺は試されているのか? まだ軽い冗談が言える間柄でもないので判断がつかない。
もしかしたら、これを機会に俺との距離を縮めようとしてくれているのかもしれない。アイドルとマネージャーが信頼関係を築くことは大事なことだし。
きっとそうだ。根拠はまったくないが、そんな気がしてきた。
ずっぱは、体当たりで俺と仲良くなろうとしてくれているんだ。
いいだろう、受けて立とうじゃないか。君の、体を張って俺と仲良くしてくれようとしている心を、俺は全力で受け止めてやる。それが、アイドルのマネージャーだ!
「それでは笹井さん、レモンジュースを口に含んでください」
「おう」
口に含む。
「次に、私のイチゴジュースをどうぞ」
ストロー付きのイチゴジュースが差し出された。その先端が少し濡れている。
ちょっ!
これに口を付けたら、間接ナントカになっちゃうじゃないかっ。
俺が、ずっぱと……アイドルと、間接ナントカを。やっほう!
……じゃないっ。
「飲まないんですか?」
俺の感想を待つずっぱが俺の顔を覗き込んできた。
「んっ、んー……んん」
飲むよ。ずっぱが飲んでいいのなら。
これがただの友人同士ならなにも考えないが、相手はアイドルだ。いいのだろうか。
「早く」
「ごくんっ」
強くせかされて、反射的に飲んでしまった。
「どうですか?」
「……甘い」
本当は味なんてわからない。
けど間接ナントカをしたのだと思うと、甘さしか感じなかった。
ずっぱは驚いていた。そんな反応が返ってくるとは微塵も思っていなかったって顔だ。
「ふっ……ふふふふっ」
「ず、ずっぱ?」
「ごめんなさい、笹井さん。混ぜたらメロン味になるっていうのは嘘なんです。だからきっと、メロン味じゃないって突っ込まれると思ったのに、全く違う言葉が返ってきたので……ふふふっ」
こんなに笑うずっぱは初めてだ。
こんな顔を見られたのなら、間接ナントカをしてみて良かったのかな、と少し思った。
「私も試してみようかな」
間接ナントカになるぞ、と言いそうになったが、止めておいた。
意識させるような言うのは、無粋に思える。
「どうぞ」
レモンジュースを渡すと、ずっぱはなぜか一瞬止まって、頬を赤らめる。
「ずっぱ?」
「い、いただきます……ごくん」
「……これは甘いですね」
ずっぱはそれ以上なにも言わず、恥ずかしそうに、みんなの輪の中に戻っていった。
残ったのは、青春の甘酸っぱい香り。
なんだか俺も、もの凄く恥ずかしくなってきた。
俺は顔の熱さ冷ますために、残りを一気に飲み干すのだった。