地域復興を目的として結成されたアイドルグループ、なないろクリップのメンバーは全員が虹波学園星見ヶ島分校の学生だ。観光客を魅了する彼女たちも、普段は全国の学生と変わりない生活を送っている。だから平日のアイドル活動は放課後に行われていた。
町役場の観光企画課に配属されている俺、笹井信司は、授業が終わる時間になると、よほど忙しくない限りは彼女たちの様子を見るために学校へ来ている。その理由は、俺がなないろクリップのマネージャーだからだ。
今日もみんな真面目に歌やダンスをやっているんだろうな。
一生懸命に練習している姿を思い浮かべながら練習場所の屋上へ向かう。
「あれ? 誰もいない……」
肩すかしを食らった気分だった。
みんなどこへ行ったんだ?
廊下で男子学生たちと会って挨拶をしたから、授業が終わっていることは間違いないのだが。
この時間は暑いし、屋根のある場所に練習場所を移したのかもしれない。
だとしたら、誰でもいいから場所が移動になったことを俺に連絡して欲しかった。
通知のないスマホを見て寂しくなる。
まだマネージャーとして信頼されていないのだろうか。
蒸し暑い中、重い息を吐き出した。
とりあえず、校内をくまなく探してみるとしよう。
七人はそれからすぐに見つかった。
一年生の教室で、着席するマリアを他のメンバーが囲んでいたのだ。
「これくらい一人でなんとかしてみせる。みんなは練習に行くがよい」
マリアは困ったように言うが、ヒロッチを始め、他のメンバーは首を横に振った。
「放ってはおけないわ」
「そうだよ。もっと私たちを頼ってもいいんじゃない?」
「だとしても全員は要らぬわっ」
思わずツッコミを入れるマリアだが、俺にはさっぱり状況が把握できなかった。
「なにか問題でも起こったのか?」
教室に入って尋ねると、真っ先にミッチが反応して飛びついてくる。
「しんじぃぃ~~~~っ♪」
「ぐっはあっ、暑いぃっ!」
「クンクン。むはぁ~、しんじから湿った部屋の臭いがする! まさしくしんじって感じ」
「インドア派オタクの何が悪い。アイドルは世界に誇るべき文化だっ」
俺は重度のアイドルオタクだ。
給与のほとんどをアイドルに注ぎ込んでいると言ってもいい。
俺はアイドルこそ人々に夢を与える希望だと信じているので、趣味を隠したことは一度もないが、それ故に幼い頃から妹のように接してきたヒロッチからは気持ち悪がられて、今もなんとなく一定の距離を置かれている気がするが、アイドルオタクを続けるためならばやむを得ない。もちろん、心はとても苦しいが。
「信司からも、みんなに早く屋上へ行くように言ってくれぬか?」
「そもそも、なにがあったのか教えて欲しいんだが」
「妾の小テストの点数が悪かったので、補習を受けることになったのじゃよ。とはいえ今回はプリントの問題を解いて提出すれば良いから、先生はおらんのだがな。だから適当にやろうとしたんじゃが、気がつけば先生が六人になっておった。これでは集中することもできぬ」
問題を解こうとしているときに全員から茶々を入れられたら、かなわないよな。気の毒に。
「ヒロッチたち、なにも六人全員で教えることはないんじゃないか?」
「そうなんだけど、みんな放っておけなくて。だってマリアの点数って0点だったのよ?」
なんだその点数は!
テストを白紙で出したとか、名前を書き忘れたとかじゃなければ、逆に凄いんじゃないか。
そう思ってはいけないと分かっていても、さほど0点を取ったことにショックを受けていなさそうなマリアに感心してしまう。
「簡単に問題が解ける方法はないかのう……あ、占い。そうか、妾には占いがあったんじゃった! どうして忘れておったのか!」
さも名案が浮かんだかのようだが、彼女より年上の俺はそれを止めなければならない。
占いの的中率が非常に高いマリアの場合は、ズルに値するからだ。
「マリア、そういうのは不正に値すると思う」
「妾の能力を使って解くことには違いないじゃろう。カンニングではないのだから、いかさまにはならぬよ」
そうだろうか。本人のためにもならないし、やらない方がいいと思うのだが。
マリアはペンケースの中から六面の鉛筆を取り出して、机の上で転がした。
「まず第一問からじゃ。えいっ」
コロンッ、コロコロコロコロコロ……
「止まった。答えは4じゃ!」
「……正解だ」
鉛筆転がしで正解を導き出したことに、見ていた六人が驚く。
「当たるものなんだ。でも一問じゃ偶然ということもあるかも」
懐疑的なずっぱをよそに、マリアが再び鉛筆を転がす。
答えは正解だった。
「今ほどマリアの能力が羨ましいと思ったことはないっ」
二問続けての正解したマリアを羨望のまなざしで見る橋本さん。
マリアはその後も、占いで次々と問題を解いていった。
だが、快進撃はラストで止まってしまう。最後の問題が記述式だったからだ。
基礎的な解き方を知らないマリアに、この問題を解くことはできないだろう。
「解き方がわからぬ以上、諦めるしかあるまい。もはやこれまでじゃ」
「諦めたらそこで終了だよ」
さっちんが、マリアの肩をぽんと叩いた。
「しかし……」
「これを機会に、解き方を学べばいいと思う」
「だね。笹井さんなら安心してマリアを任せられるし、ウチらが六人で一気に教えるより、問題が解けるようになると思う」
俺なら安心して任せられる?
橋本さんは俺をそんな風に信頼してくれていたのか……嬉しい。
「うわ、なんで笹井さんが泣いてんの」
「わからない」
「おじさんだから涙もろくなったとか」
橋本さんと三つしか違わないんだが。
結局、最後の問題を解くために、俺が最初から解き方を教えることになった。
みんなは屋上に行ってしまったので、教室には俺とマリアの二人きり。
「下校時刻までに解ければ御の字じゃな……はぁぁ」
前屈み気味になったマリアの胸の谷間が僅かに見えて、とっさに上を向いた。
「信司? なぜ天井を見ておるのじゃ。解き方を教えてくれるのではなかったのか」
「お、教えるぞ」
だが、ちらっと見える胸を意識せずに教えられるのは、この島でも神主さんくらいに違いない。
「……体を起こしてくれ、マリア」
「? おお、妾が前屈みになると、プリントが見えないんじゃな。すまん」
「いや……」
マリアが体を起こして姿勢を正す。
これでまともに教えられそうだ。
「解けたぞ信司!」
「ご明算」
マリアが最後の問題を解いたのは、下校時刻ギリギリだった。
今日中に解けただけでも奇跡といえるだろう。
その奇跡を呼び寄せたのは、マリア本人だ。彼女は問題の解き方を知らなかったが、勉強の飲み込みは早かった。理由はわからないが、これまで授業を全く聞いていなかっただけなのだろう。
「気分がいい。勉学とは面白いものだったんじゃな。それを教えてくれた信司に感謝だ! これからは授業もまともに聞いてやろうと思ったぞ」
「なんで上から目線なんだ……けどまあ、頑張れよ」
「うむっ」
先日転入してきたばかりのマリアのことを、俺はほとんど知らない。
けれど、昔から知っている人のような親しみを感じている気がするんだ。
なにからなにまで不思議な子だよな、神木マリアって。